2021年10月号

今年は暑い日がお彼岸を過ぎても続きましたが、やっと秋らしい爽やかな季節となりました。新型コロナウイルスの影響もありますが、紅葉前線の南下も気になる今日この頃です。

顧問会社の皆様には、お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますでしょうか。

さて、厚生労働省では、令和3年4月に新たな履歴書の様式例を公表しました。

これは、厚生労働省が使用を推奨していた一般財団法人日本規格協会がJUS規格の解説の様式例において示していた履歴書の様式例が、令和2年7月に削除されたため、新たに厚生労働省内で検討を行い、事業主の方々の参考になるように作成されたものです。

もちろん、現在、流通している履歴書の様式全てが、新様式に変更されたわけではないのですが、今後、新様式の履歴書による求人への応募が増えることが予想されます。

そこで、今月は、この履歴書の新様式とそれに伴う採用手続への影響についてご説明いたします。

 

1 履歴書新様式の変更内容

① 性別欄は、任意記載欄となりました。

② 通勤時間・配偶者の有無・配偶者の扶養義務・扶養家族数の4項目は設けないことになりました。

 

2 性別欄の扱いについて

性別欄は、任意記載欄となります。

今までの履歴書の様式は、性別欄が〔男・女〕を選択する記載内容となっていましたが、新しい様式では〔男・女〕の記載がなく、ブランクになっており、応募者が記載したい内容で記載できる形になっています。

また、欄外に「性別欄の記載は任意です。未記載とすることも可能です。」との一文が記載されており、応募者が記載を希望しない場合には、未記載となる場合があります。

これは、応募者の中には、自らの性別を履歴書に記載することや面接時に自らの性別について述べることを望まない方もいるため、それに配慮したものです。

なお、厚生労働省からは、性別欄の記載内容や未記載であることで採否を決めることはないよう、事業者に向けて要請しています。

 

3 通勤時間・配偶者の有無・配偶者の扶養義務・扶養家族数の4項目の削除について

これら4つの項目は、プライバシーの要素が非常に高い情報であることから、新様式の項目欄から削除されました。

なお、厚生労働省では、就職差別につながるおそれがあるものとして、下記の14事項を定めています。

配偶者の有無やその扶養義務・扶養家族数の情報は、その14項目のうち、「家族に関すること」と「生活環境・家庭環境に関すること」につながり、通勤時間の情報は、「生活環境・家庭環境に関すること」につながるものと考えられます。また、これらの事項は、応募者の適性や能力とは直接関係のないものであるため、新様式から削除されたようです。

 

【就職差別につながるおそれがある14事項】

① 本籍・出生地に関すること

② 家族に関すること(職業・続柄・健康・病歴・地位・学歴・収入・資産など)

③ 住宅状況に関すること(間取り・部屋数・住宅の種類・近隣の施設など)

④ 生活環境・家庭環境に関すること

⑤ 宗教に関すること

⑥ 支持政党に関すること

⑦ 人生観・生活信条に関すること

⑧ 尊敬する人物に関すること

⑨ 思想に関すること

⑩ 労働組合、学生運動などの社会運動に関すること

⑪ 購読新聞・雑誌・愛読書に関すること

⑫ 身元調査などの実施

⑬ 本人の適性・能力に関係ない事項を含んだ応募書類の使用

⑭ 合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断の実施

 

4 履歴書の様式変更により生じる募集・採用手続における問題とそれに対する対応策

 ① 性別を把握しないことにより生じる問題

ア 坑内業務の一部や助産師など、制度上特定の性別の者を就業させることができない業務や、業務の内容上、一方の性でなければならない業務の場合、採用の判断ができない

イ 男女の応募者数を把握できないため、男女別の採用における競争倍率などが正確に把握できない。

ウ 女性が相当数少ない会社において女性を積極的に採用する場合(雇用機会均等法におけるポジティブアクションとしての採用)において、採用の判断ができない。

 ② 性自認上の性別や性的指向を把握できないことにより生じる問題

入社後、トランスジェンダーであることを理由に、性自認に従ったトイレ等の使用希望が出た、または、LGBTであることを理由に同性愛を禁じる国などへの海外出張を拒否された、などが生じることが考えられます。

 

③ ①と②への対応策

面接時に、応募者に性別を把握する必要がある理由を示し、応募者に納得してもらった上で、任意に回答を得ることが適切な対応だと考えられます。

ここで注意が必要なのは、回答の強要はパワーハラスメントに当たる可能性があり、また、面接で知り得た情報を本人の同意なく第三者に暴露することは、単にパワーハラスメントに該当するだけでなく、民法上の不法行為に該当する可能性があるということです。本人の同意なく、個人の性的指向について第三者に情報開示をしたことに対し、損害賠償請求が認められた裁判例もあります。

性別や性的指向に関する質問は、非常にプライベートでデリケートなものだという認識と、応募者の人権に対する細やかな配慮が必要です。業務に必要な範囲内で、かつ応募者に不快な思いをさせないよう、情報を確認することが必要です。

また、一方の性でなければならない業務については、募集の段階で明示しておく必要があるでしょう。

就活に関する情報はSNSでもさかんにやりとりされていますので、会社のイメージダウンにつながらないよう、重々配慮しましょう。

 

④ 通勤時間・配偶者の有無・配偶者の扶養義務・扶養家族数の情報を把握しないことにより生じる問題

採用時に応募者の家族に関する情報を把握できなかったため、採用後、家族の介護や子供の養育を理由に時間外労働や転勤の拒否などや、通勤時間を把握できなかったため、オンコール対応が規定の時間内にできない、などの問題が生じることが考えられます。

また、扶養の範囲内での勤務を希望され、会社が必要とするシフト時間を埋められない、家族手当や通勤手当の金額が事前に把握できない、などの問題の発生も考えられます。

⑤ ④への対応策

面接時に応募者に質問をして、必要最低限の情報を得ておくことが適切な対応だと思われます。

ただし、下記のとおり、採用に際して情報の収集が禁じられている個人情報があり、違反した場合、職業安定法上の指導・改善命令・公表などのペナルティが事業主に科せられる可能性があります。また、職業安定法の違反には当たらない場合でも、ハローワークにおいて事実確認、是正指導などが事業主になされる可能性もあります。

厚生労働省は、企業の採用に際して、個人の適性・能力に関する事項以外の情報は収集してはならないとの立場をとっていると考えられますので、情報の収集には配慮が必要です。

面接において採用後の業務に関する必要な情報収集をする場合、

ア 質問する理由を述べた上で、家族に関する質問をするのではなく、時間外労働、休日出勤や転勤の可否など、働き方そのものに関する質問として、一部の面接者にだけではなく、面接者全員に質問する。

イ 募集時に、時間外労働や休日出勤、転勤などに関する情報を求人票や募集要領に記載しておく。

といった配慮が必要です。

また、家族手当や通勤手当の事前の把握への対策として、

ウ 家族手当や通勤手当については、上限額をあらかじめ設けておく。

などが考えられます。

 

【原則として情報の収集が禁じられている個人情報】

① 家族の職業、収入、本人の資産など社会的身分に関し、社会的差別につながる情報

② 容姿・スリーサイズなど差別的評価につながるもの

③ 人生観、生活信条、支持政党、購読新聞・雑誌、愛読書など思想信条に関する情報

④ 学生運動、労働運動、消費者運動などその他社会運動に関する情報

 

5 まとめ

厚生労働省作成による履歴書の新様式例は、求人への応募者に対し、各企業が広く門戸を開き、応募者本人の有する適性と能力を基準とした公正な採用選考を推進すべく、事業主に参考にするよう提示したものです。

求人に対する応募者のプライバシーへの配慮は、これからの求人や採用選考において、ますます各企業に求められていくことになります。

なお、応募者のプライバシーへの配慮は大切ですが、必要な情報を応募者から得ることは、採用後のスムーズな対応のために事業主にとっても従業員にとっても有益です。求人担当者には、必要な情報を、必要最低限、応募者の同意を得て収集し、その情報を適切に管理することが求められます。

求人担当者のふとした気のゆるみが求人応募者の気分を害し、SNSなどのネット情報の拡散により、大切な企業イメージを低下させるリスクがあることにも留意して、時代の流れに適切に対応しつつ、優秀な従業員の採用を目指して、貴社の発展につなげていきましょう。